大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所川崎支部 昭和43年(ヨ)374号 決定

債権者 新洋通商株式会社

債務者 一興海運株式会社

主文

一、債権者が本決定送達の日より二週間内に金八〇〇万円の保証を立てたときは、当庁昭和四三年(ケ)第七八号、同年(ケ)第八二号船舶任意競売手続を停止する。

二、債権者その余の申請を却下する。

理由

一、申請の趣旨

主文一項同旨ならびに

債権者は別紙目録〈省略〉記載の船舶を運行することができる、

との仮処分命令を求ぬる。

二、当裁判所の判断

(一)疎明によれば、債務者は韓国の法人である債権者と昭和四二年八月一日と同年九月二三日、当時債権者の所有であつた貨物船、フオンレイ号と別紙目録記載大永号の運航業務につき日本におけるその代理店となり、以後これを実行してきたこと、ただし右フオンレイ号については昭和四三年八月一六日債権者がその所有権を失つたため、その後は代理店業務が行われていないこと、右大永号の運航委託業務をするため、債務者は債権者の依頼により運航に要する諸費用を立替支払いかつ、荷送人から両船の運賃収入を取立て受領してきたが、右大永号の競売を目的とする当庁昭和四三年(ケ)第七八号および同年(ケ)第八二号任意競売申立事件で、債務者が競売の基本債権として船舶先取特権を有すると主張する債権合計三八、四六八、八二四円(うち、第七八号事件の分一一、〇二八、〇四二円、第八二号事件の分二七、四四〇、七八二円)は大永号の運航に関し生じた諸費用の立替金の償還請求権と債務者が請求できる代理店料運航手数料債権の合計であることが各認められる。

(二)債権者は、右代理店料運行手数料は債務者がいう商法八四二条六号所定の「航海継続の必要によつて生じた債権」に該当せず、立替金中にも運航継続そのものに必要でない費用の立替金が含まれているのみならず、立替金の償還請求権は本来右商法の規定により先取特権がある債権ではない、と主張する。しかし、航海継続に必要なものであれば借財によつて生じた債権も先取特権により保護されるべきことは大審院判例(昭和四年二月一九日)の示すところであつて(なお商法七一五条一項二号各参照)、船舶所有者の委任にもとづき支払う立替金をこれと別異に取扱うべき理由がなく、ただ立替金が商法八四二条各号所定の性質を有する費用の立替であることを要するにとどまるのである。債権者のいうように、船舶先取特権は抵当権に優先し、かつ、そのうちの「航海継続に必要な」費用については商法七一五条七一九条等の規定とも関連するものであるから、前記商法の規定はこれを厳格に解釈すべきものであることには違いがなく、債務者主張の債権中には先取特権があるか否か疑わしいものもあるが、立替金の償還請求権であるからといつてそのすべてに先取特権がないといえるものではなく、そうであるとなれば、前記競売申立債権中には明らかに先取特権を有する債権があるから、右競売手続を不法というわけにいかない。

(三)債権者は、債務者主張の債権は、約旨の立替払を実行していないため発生していない(宮尾亮三に対する七五〇万円の債務)か、または、その後の大永号の運賃収入による相殺によりすべて消滅している、と主張するが、その援用する疎明は債務者援用の疎明と対比すると、右主張事実を認めるに足らない。しかし、この点は疎明の不足を保証をもつて補わせることが可能である。

(四)このようにして、前記任意競売手続は債権者に金八〇〇万円の保証を立てさせることを条件に停止すべきものとするが、債権者に大永号の運行を可能にする旨の仮処分を求める部分の申請は、その実質において、差押の港に碇泊させて行うべき競売手続を取消すのと同様の結果を生ずるものであつて、前記疎明の程度をもつてしては容易にこれを許すことができない(先取特権により担保される申立債権額と同額の保証を立てることを条件に申請を認容することはできるが、それは本件申請の趣旨にそわないことであり、また、前記(二)の点の詳細を明らかにし被担保債権額を減額認定することはなお相当期間の審理を要し緊急に判断を求められている本件でこれを行うことができないのである)。

よつて債権者の本件申請は右の限度で認容し、その余を理由がないものとして却下し、主文のように決定する。

(裁判官 森文治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例